塩野七生『ユリウス・カエサル(ローマ人の物語W,X)』
                               (新潮社)

 ガイウス・ユリウス・カエサル(Gaius Iulius Caesar)。魅力的な圧倒的な存在

 感をもつスーパースター。40代までは膨大な借金づけで,40代後半からは頭髪

 が後退し美男というわけではなく,執政官になったのも遅く41歳であった。


 しかし,著者によれば,カエサルは,やたらに女たちにモテたばかりでなく,

 その女たちの誰一人からも恨まれなかった。また,借金も,少額のうちは債権者

 が強者だが,額が膨大となると関係が逆転する。しかも,借金は,街道の修復や

 剣討試合の主催,選挙運動などに使い,私財には転用していない。そのため,

 金も女もスキャンダルの火種にならなかったという。


 カエサルは,ガリア(現フランス)をローマ化した後,ローマ世界の新秩序の

 樹立を目指して,ルビコンを渡り,ポンペイウスとの戦いに勝利する。軍団を解散

 せずに本国と属州の境界たるルビコン川を渡れば,完全な国法違反となり本国

 に攻め入ることを意味する。


 カルタゴ戦役に勝ったローマは,急速に拡大し,地中海は他国との境界では

 なくなった。敗者の隷属化が当然であった時代に,敗者さえも自分たちと同化

 するローマ人の生き方を帝国全域に広げ,ローマは,他人種,他民族,他文化,

 他宗教,多言語に分かれた人々を統治する空前の大国になる。


 しかし,イタリア半島領有にすぎなかったローマ国家では機能した元老院主導

 の共和制は,さまざまなひずみを生じ,混迷の時代となる。議員600人もの元老

 院では,意見統一も政策の一体化も困難となり,広大な領土の統治が機能しな

 い。


 カエサルは,帝政システムへの移行に解決を見出し,大帝国のグランドデザイン

 をすっと描き出した。新秩序の方針として「寛容」を掲げ,ポンペイウス派の人々

 の処罰・排除もしなかった。一時代前のスッラが反対派の徹底的な粛正を断行

 したのと対照的である。


 カエサル自身は,反対派によって暗殺されたが,その後のローマ世界は,カエ

 サルの指し示した方向に向かい,カエサルが後継者としたアウグストゥス(初代

 皇帝)によって,帝政ローマがはじまり,ローマによる平和,パクスロマーナが築

 かれる。


 なお,7月のJulyの語源が,カエサルの生まれた月であることから,カエサルの

 名前ユリウス(Iulius)にちなんだものであるとは知らなかった。8月のAugustは,

 初代皇帝アウグストゥス(Augustus)にちなむものである。


                  (事務所報「そよかぜ通信」2006年2月/第4号)


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