J.K.ローリング(松岡佑子訳) 『ハリー・ポッターと賢者の石』
   (Joanne Kathleen Rowling)               (静山社)


 「みぞの鏡」

   この鏡は,もちろん「みぞぐち」の鏡ではなく,『ハリー・ポッターと賢者の石』に出て

   くる,とても魅力的だが怖い魔法の鏡である。この鏡が映し出すのは,見る人の顔で

   はなく,心の一番奥底にある一番強い「のぞみ」であるという。


   物心つく前に両親と死別し家族を知らないハリーがこの鏡に見るのは,温かい家族

   に囲まれた自分の姿であり,ハリーは,この鏡で初めて自分の家族を見た。魔法の

   鏡のポッター家の人々は,ハリーに笑いかけ,手を振る。ハリーは,貪るようにみんな

   を見つめ,両手をぴったりと鏡に押し当て,ハリーの胸には,喜びと深い悲しみが入り

   交じった強い痛みが走るが,いつまでもこの鏡の前から離れられない。


   こんなハリーに,深い理解と愛情を示すダンブルドア校長は,静かに次のように諭す。

      この鏡は,知識や真実を示してくれるものではない。鏡に映すものが現実の

     ものか判断できなくなり,みんな鏡の前でヘトヘトになったり,鏡に映る姿に魅入

     られたり,発狂したりする。この鏡は,明日よそに移そう。もうこの鏡を探しては

     いけないよ。夢に耽ったり,生きることを忘れしまうのはよくない,と。


   とても印象的な場面である。

    私も,こんな魔法の鏡があれば,是非見てみたいと思うし,どうしても見てみたいもの

   がある。人は一見幸せそうに見えても,人は誰だって,他人に言えない秘密や苦しみの

   1つや2つは必ずあるものである。

    ダンブルドアの静かな言葉は,事実から目をそらさず,事実を直視するための勇気を

   呼び起こしてくれる。 

                   (事務所報「そよかぜ通信」2003年3月/創刊号)


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