(Partitura/Giuseppe Verdi) 
『シモン・ボッカネグラ(Simon Boccanegra)』
                               リコルディ社(RICORDI,2004年)



 前号で,イタリア・オペラに興味を持っており,好みは,

 ロッシーニ(Rossini)やドニゼッティ(Donizetti)のオペラ・

 ブッファ(opera buffa)といわれる喜劇と書いた。そうしたと

 ころ,ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi。1813-1901)

 の“シモン・ボッカネグラ”の映像ディスクをもらった。

 しばらくして見てみたところ,この作品にはまってしまい,

 ヴェルディ作品を次々と見て聴くことになった。

   「ロッシーニのオペラの聴き手が第一に魅せられるのは,

 音楽的な快感なのではないだろうか。それに対して,ヴェル

 ディのオペラが好きな人間(筆者も含めて)の多くが魅了され

 るのは,どの音にも宿るドラマ性である。人物の心の底をえぐり出し,こちらの心にふかぶかと突き

 刺さる音楽によるドラマの快楽こそ,ヴェルディ・オペラの真髄だ。」と指摘される(加藤浩子『ヴェル

 ディ(オペラ変革者の素顔と作品)』71頁,平凡社新書)。まさしくその通りで,音楽によるドラマに魅了

 されたのだと思う。ヴェルディ作品のストーリーを読むと,陰惨なものが多く主人公はたいてい死ん

 でしまので,どうも気が進まなかったが,食わず嫌いであった。


 “シモン・ボッカネグラ”は,14世紀中頃に,イタリアの海洋国家・ジェノヴァに実在した総督(Doge)

 である。プロローグで,平民と貴族,教皇派と皇帝派の争いを背景に,恋人の父親との対立の中で,

 シモンと幼い娘との生き別れが示され,恋人が亡くなる。25年が経過した第1幕では,生き別れと

 なっている父娘が再会する。娘が身の上を語り出し,シモンがもしや娘では?と思い始める。互いに

 身につけた恋人であり母親の姿絵で,父と娘が互いを確認し合う。オペラ史上屈指の感動的な場面

 であるという。「ヴェルディの面目躍如,バリトンとソプラノによる,まさに天国的な美しさといえる二重

 唱である」(石戸谷結子『スタンダード・オペラ鑑賞ブック,イタリア・オペラ(下)』114頁,音楽之友社)。


 ヴェルディの音楽ドラマを雄弁にした手法にパローラ・シェニカ(palora scenica。劇的な台詞)が

 あるとされる(加藤・前掲77頁)。この場面の最後は,シモンが娘との再会のあふれんばかりの歓び

 を「フィーリャ(filglia。娘)」の一言で効果的に示している。また,プロローグの導入曲は,ジェノヴァの

 あるリグーリア海の凪を表すといわれる穏やかなメロディである。第1幕の導入曲も続くアリアも,早朝

 の穏やかに波立つ海面を描写したように美しい。このオペラの基調となる色は,リグーリア海の紺碧の

 青に違いない。どうしてこんなに綺麗な曲をいくつもいくつも作れるのだろう。

 この作品が気に入ったため,自分でオペラの対訳冊子を作って,オペラ好きにあげたところ,イタリ

 ア・リコルディ社(RICORDI)の“パルティトゥーラ(Partitura)”をもらった。パルティトゥーラは,初めて目

 にしたが総譜(Full Score)のことで,オーケストラの各楽器の音符や登場人物の台詞と音符が記載され

 たものである。音符を読めるわけもないが,それでも台詞があるのでオペラを聴きながら眺めていると,

 少し面白い(長くは続かないが)。指揮者はこれがすべて頭に入っているのかと思うと驚異である。対訳

 冊子を自分で作ったので,ストーリーがだいたい頭に入ったので,映像は日本語字幕なしで楽しめるよ
 
 うになった。もし対訳冊子をご希望という変わった方があればご連絡されたい(他のヴェルディ作品の対

 訳冊子もあり)。


 ヴェルディは,87歳まで長生きし,オペラ作曲家の地位を格段に向上させたほか,農場経営も成功

 した。「イタリア統一の英雄」という神話もあるが,晩年にはミラノに「音楽家のための憩いの家(Casa di

 Riposo per Musicisti)」を作って慈善事業を行い,今も続いているそうである。

  ヴェルディは,長女と長男も夭折し,26歳のときに愛妻を亡くしたので,妻子をすべて喪ってしまった。

 その時期の第2作“1日だけの王様”もわずか1日で上演中止となる大失敗となり,1年半ほど作曲の筆

 を折ったが,立ち直って伝説の人となった。19歳のとき可愛がった妹を亡くし,実父ともうまくいかなかった

 ようである。ヴェルディのオペラでは,父と息子,父と娘が重要なテーマの一つになっているが,このような

 生い立ちも関係しているであろう。



                         (事務所報「そよかぜ通信」2015年3月/第14号)



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