戻る
  (オペラ対訳ライブラリー) 
『ドニゼッティ 愛の妙薬(L'elisir D'amore)』
                               坂本鉄夫訳(音楽之友社,2011年)



 イタリア病が昂じて,最近は,オペラ(opera lirica)に

 興味を持っている。オペラの興味といっても偏ったもので,

 当然のことながらイタリア・オペラで,他国のオペラには

 興味がない。ものの本によると,イタリア・オペラは,ベル・

 カント・オペラといわれ,オペラ歌手が作り出す声(ベル・カ

 ント)に重きを置くのに対し,ドイツ・オペラは,音楽と劇の

 一体化を目指しているのだそうである。

   イタリア・オペラでは,オペラ歌手がベル・カント唱法を

 駆使してアリア(美しい旋律を聴かせる場)を歌いあげる。

 イタリア語は,なんと綺麗な心地よい言語なのだろうと思う。

 好みは,オペラ・ブッファ(opera buffa)といわれる喜劇で,中でも,ロッシーニ(Gioachino Rossini,

 1792-1868) と ドニゼッティ(Gaetano Donizetti,1797-1848)。


 ロッシーニの長い時間をかけて一段一段盛り上げていく「ロッシーニ・クレッシェンド」が心地よい

 (「セヴィーリャの理髪師(Il Barbiere di Siviglia)」(1816年初演)は最高)が,ドニゼッティもよい。

 特に「愛の妙薬」は,ストーリーはたわいのないものだが,聴きどころも多く楽しい。ベル・カントの

 アリアやレチタティーヴォ(チェンバロの簡単な和音で進む会話)のイタリア語が聞き取れ,覚えると

 病みつきになる。

   オペラの対訳があればと探してみると,「オペラ対訳ライブラリー」(音楽之友社)という便利な

 ものがあり,「愛の妙薬」も発行されていた。ひと目でイタリア語と日本語訳が対比でき,解説も付

 けられている。これがあれば,DVDの映像を見るときに,イタリア語の字幕にしてイタリア語の美しさ

 を楽しめるし,CDでも,イタリア語を追うことができる。気に入っているのは,パヴァロッティ(Luciano

 Pavarotti)とバトル(Kathleen Battle)のもの(指揮はレヴァイン(James Levine)で劇場はMET)。

  何年か前に,フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ薬局(13世紀から続く中世の薬局で一見の

 価値あり)を訪れた際に,売り場のCDプレイヤーからオペラが流れていて,「愛の妙薬」だと気がつ

 いた。綺麗な売り場のイタリアーナに,「これは愛の妙薬?」「パヴァロッティ?」と話しかけてみたら,

 「そうよ」とニコニコして答えてくれた。薬局に「愛の妙薬」の取り合わせは,何とも妙だと嬉しくなった

 (もっともオペラの妙薬の方はいんちき薬だけど)。


  「愛の妙薬」のストーリーは,19世紀のスペインのバスク地方が舞台で,農夫が農場主の娘に

 惚れ,愛を告白しても相手にしてもらえないところに,女に持てる軍曹が登場して婚約をしてしまう。

 農夫は,村に来たいんちき薬売りから「惚れ薬」(実は安ワイン)を買う金を得るために軍隊に入るが,

 娘は,そこまでして自分の気持ちを得ようとした農夫の本心に気がついて,入隊契約書を買い戻し,

 愛が結ばれるというものである。いんちき薬売りの言葉巧みな売り口上,農夫と軍曹との掛け合い,

 娘と薬売りとの掛け合い,農夫の叙情的なアリア(人知れぬ涙),娘の素敵な愛の告白など,これぞ

 ベル・カントが目白押しで,人の声というのはなんて綺麗で心を震わせるものだと思う。


  ドニゼッティは,北イタリアのベルガモの貧しい家に生まれ,「愛の妙薬」の初演が1832年(35歳)。

 この作品は,わずか2週間で仕上げたという伝説で,座右の銘はプレスト(prest:速い)だそうである。

 しかし,ドニゼッティは,40歳のときに,第2子と第3子を亡くし(第1子も早産で亡),続けて愛妻も亡くし,

 妻子をすべて喪ってしまったとのことで,同様に妻子を亡くしたヴェルディ(Giuseppe Verdi,1813-1901)

 と似ている。ヴェルディは,逆境をばねに成功しソプラノ歌手と再婚し長命だったのに対し,ドニゼッティ

 はやがて病気で心身に障害をきたし51歳で亡くなった。人柄がよく,優しい性格だったという。


                         (事務所報「そよかぜ通信」2014年3月/第13号)